クジラのよしなしごと。

ひとつの小さな約束があるといい。

クジラ翁、2016年にブログを始める。

時は2016年。

ふと最近、自分の気持ちを長文で表すことが減ったなぁ、と感じた。

TwitterFacebookInstagramがもの凄い勢いで流行し、ブログ文化を駆逐してから早10年弱。我々は、自分の気持ちないし行動の記録を、140文字(または写真(!))に凝縮することにすっかり慣れてしまった。

どのようにして自分の気持ちを「SNSの文法」に当てはめて人に伝えるか、という独特の緊張感は、我々の情報伝達をスリリングな、またゲーム的なものへと変えたといえよう。140文字では微妙に伝えきれないニュアンスが、読み手に大きな誤解を与えてしまうということがよくあるように、私たちは日々、「言葉の取捨選択能力」を試されている。

私も一人のツイッタラー(このツイッタラーという言葉の響き、なんとも間抜けに感じる)として、そのような緊張感を日々持ちながらTwitterゲームにいそしんでいる訳なのだが、読み手の皆さんがなんとなく感じてくれているように、実は非常に疲弊している。ネットで繋がった友人たちとコミュニケーションをとること自体は非常に楽しい。しかしながら、自分の言葉をこれでもか、これでもかとそぎ落とし、赤字の「-○○(文字数の過不足)」という表示に追われるのは、なんとも、がっつり、疲れる。

というわけで、もうすでに枯れ果てているこの「ブログ」という土壌にひとつ身を置きつつ、140字では収まらない日々のよしなしごとを、なんとなくグチグチ書いていこうかな、と思うのである。




……と、久しぶりに140字を超える自分のくだらない考えを述べたわけだが、実はこれはこれで疲れるのだ。140文字という、いわば「短距離」で日々活動していた言語野が、突然、1000文字以上も書ける、広々としたグラウンドに投げ出されたせいで、すでに自分の文章構成能力がその広大さに追いついていないのがわかる。「言葉の筋肉」がすっかりスプリンター向けになってしまっているのだ。

というわけで(二回目)、自分の思考を長文でもしっかり伝えきれるようになるべく、「休息と筋トレ」を兼ねたブログ生活を始めようと思うのである。